
これは、女人群像です。
この頃は、位によって服の色が決められていました。
黄色は無位、緑は七位、赤は五位だそうです。
色の濃淡でも位が違います。
壁画の場合は顔料で色付けされているので赤・黄・緑は判別できますが、青と紫は染料だったので退色していて今では判別できません。・・・ので、一番奥の人が紫だったかも・・・?
紫・青系が一番高貴な色とされ、皇族の方や諸国の王しか着ることが出来ません。紫草での染色が大変手間がかかるからでしょうか?それとも貝紫だったのでしょうか?この頃はまだ藍染めは、日本には伝わっていなかったようです。山藍での染色では、青緑色から緑色になるので、当てはまらないそうです。
黄色は、黄蘗(きはだ)・クチナシ・桑・クチナシなど 沢山染材があったので 無位だったのでしょう。
詳しくは・・・
この高松塚古墳の発掘にも活躍された山崎青樹氏の著書をご覧下さい。
古代染色二千年の謎とその秘訣